フィトンチッドを君に
心が落ち着いているというわけでもないけれど、冷たい雨が降ると飛び散っていた心が夜の雨音に収斂されていくような、そんな心持ちを携えながら深夜、ベッドに潜り込んで目を瞑った矢先に何かを疑うかのように目を開けてみたら、カーテンの隙間から入り込む動光が天井を濡らしていた。
◇
朝、山は見えなかった。
あるひとからフィトンチッドという聞き慣れぬ言葉を教えてもらって、それ以来、山の色をうかがうときには空気の層といったものよりもまず、山の細部の、湿った樹皮や葉脈のことを考えるようになった。
それはあの山の粒子みたいな儚さの彼方から放出され、光を浴び、僕の目がそれを青だと認知するまでの距離であり、景色に秘められていた言葉の質量のようでもあり、そこにある営みや生と死までの距離をも映し出す。
◇
見えない稜線を追いかけながら文章を壁に刻んでいたときの、樹上を掠めるように言葉を掬いたいという安易な妄想に、不可欠な裏付けを与えてくれたその響きが、さらに真摯に見るために必要である。
掬っておかなければならない。掬い続けていかなければならない。収斂されていくような、フィトンチッドに手を伸ばして。
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朝、山は見えなかった。
あるひとからフィトンチッドという聞き慣れぬ言葉を教えてもらって、それ以来、山の色をうかがうときには空気の層といったものよりもまず、山の細部の、湿った樹皮や葉脈のことを考えるようになった。
それはあの山の粒子みたいな儚さの彼方から放出され、光を浴び、僕の目がそれを青だと認知するまでの距離であり、景色に秘められていた言葉の質量のようでもあり、そこにある営みや生と死までの距離をも映し出す。
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見えない稜線を追いかけながら文章を壁に刻んでいたときの、樹上を掠めるように言葉を掬いたいという安易な妄想に、不可欠な裏付けを与えてくれたその響きが、さらに真摯に見るために必要である。
掬っておかなければならない。掬い続けていかなければならない。収斂されていくような、フィトンチッドに手を伸ばして。
