2009/11/11

フィトンチッドを君に

心が落ち着いているというわけでもないけれど、冷たい雨が降ると飛び散っていた心が夜の雨音に収斂されていくような、そんな心持ちを携えながら深夜、ベッドに潜り込んで目を瞑った矢先に何かを疑うかのように目を開けてみたら、カーテンの隙間から入り込む動光が天井を濡らしていた。


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朝、山は見えなかった。

あるひとからフィトンチッドという聞き慣れぬ言葉を教えてもらって、それ以来、山の色をうかがうときには空気の層といったものよりもまず、山の細部の、湿った樹皮や葉脈のことを考えるようになった。

それはあの山の粒子みたいな儚さの彼方から放出され、光を浴び、僕の目がそれを青だと認知するまでの距離であり、景色に秘められていた言葉の質量のようでもあり、そこにある営みや生と死までの距離をも映し出す。


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見えない稜線を追いかけながら文章を壁に刻んでいたときの、樹上を掠めるように言葉を掬いたいという安易な妄想に、不可欠な裏付けを与えてくれたその響きが、さらに真摯に見るために必要である。

掬っておかなければならない。掬い続けていかなければならない。収斂されていくような、フィトンチッドに手を伸ばして。

2009/11/09

堀江敏幸のこと

パリへ行く前に買ってすこしページを繰っただけで、なんとなく閉じてしまった堀江敏幸の“郊外へ”を、帰国後に読み始めて、毎日の通勤の時間を使って読み終えた。

なんとなく閉じてしまった気持ちはある意味では正解だったのかもしれない。文中に登場するパリ郊外の地名や、ひとの名前、景色をほんのわずかながらに掠める程度でも実際に見てきた直後に読むのと、そういった具体的な名称や景色をまったく知らずに読むのとでは、歩きながら微睡んでいくような堀江敏幸の文体をつなぎとめていくために必要な姿勢がちがってくる。

小説を読んで未知の世界のことを想像するのも、個人の既知を文章に重ね合わせて世界の輪郭をなぞるのも、どちらもひとつの読書の楽しみ方である。この本はエッセイのような文章で構成されていて、僕はどちらかと言えば若干後者の読み方を意識して読み始めたのだけれど、しかし、読んでいる途中にあとがきを覗いてみたら(ときどきそういう横着な読み方をしてしまう)これは背景に関してはいくらか知見をもとにしているものの「完全な虚構である」と著者が言っているのである。

半ばノンフィクションとして、パリの続きの景色を他人の文章に託している感があった。しかし虚構であると知ったその途端、語り手の所在や郊外へ歩いていく姿、その景色にいつもとちがった接し方で吸い込まれていくのであった。無論その事実を知らなければ何の疑いもなくエッセイとして分類していたのだろうが、ただ、「虚構である」と言っていること自体も虚構ではなかろうかと思うこともできる。そして結局どちらでもいいのではないかと楽観的な結論に帰すことにもなる。

堂々巡りを繰り返しながら中空に浮かばざるを得ない堀江敏幸の文章を読むとき、それがフィクションであろうとなかろうと、どちらともつかないような文章で景色を表出することに意味があるのだと思うこと。それが僕のひとつの読み方であり、ここ数年求め続けていたひとつの「énoncé 」なのであった。

2009/11/08

言葉の壁を眺める

ドイツ人作家の写真集を見ていて、そこに書かれたドイツ語の解説をほとんど当てずっぽうに読み上げてみると、その画集を一緒に見ていた同僚は驚いた顔をして、わたしはそれを見ることさえできない、と言った。

正確に読めているかそうでないかはさておき、どうやら僕はそのアルファベットの文字列をドイツ語として見ることはできているらしい。僕のレベルなんて末端のさらに下の下あたりで滞っているだけだから偉そうに言う気なんて毛頭ないし、5年ほど前に初めてドイツ語と対峙したときもそう感じたのだが、その国の言語をほんとうにしらない人というのは、その言語を見ることさえできないのである。せめてもの思いで眺める程度である。


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オーストリア人の男性が何を思ったのか本心は分からないけれど、彼は作品に書かれている日本語をひとつの言語の種類としては認知できたが、おおかた眺めてくれたのだろうと思う。作品をかたち作っている言葉が読めない分、コンセプトが浮き彫りにされ、抒情として汲み取ることなく、それを景色として捉えてくれたのならば、作品として、ただの文章としては本望でもある。そして彼は僕の作品を手にした。


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ドイツ語を完全に放棄した七ヶ月の留学に、語学面においての成果というものがあるとするならば、他の言語より眺めたり聴いたりしている時間が長かった分、すこしばかりの親しみがある、というくらいの慎ましやかな程度である。帰国したばかりのころはドイツ語を耳にすると逃げ出したくなったりもしたが、いまではその言葉にすこしでも近づきたくて、今日もドイツ語のラジオを聴いている。

そういえばオーストリアの公用語はドイツ語だった。

いつか言葉は見ることができるのだ、と淡い希望を抱きながら、遠い国に渡っていった原稿用紙のことを思っている。

2009/11/05

身体を運ぶあいだに

ここ一年ばかりのあいだに10日以上車を運転しない日がなかったので、パリから帰ってきて車を使うことがすこし怖かった。

乗ればすぐに感覚は取り戻せるけれど、いま事故を起こして身体に支障を来すことはぜったいにしたくないという思いがある。来年のことや再来年のこと、それ以降のこと、これから会わなければならないひとたち、これから書かなければならないこと、そのための目、身体、指先、そういうことを考え始めたら免許取り立てのころの運転で、車線変更をするのがまるで龍の背に飛び乗るかのような心持ちであったことを思い出した。

かなり小心者なので帰国してからのこの約二週間、車に乗らないことはないがときどき電車とバスを使って通勤している。バスに乗ると大量の学生たちに飲まれるけれど、本は読めるし景色は見えるし、柄にもなく現在っぽくiPhoneで音楽なんて聴いたりして、これはこれでなかなか良い。眠たくなったら眠れるし、ぼんやり光を追いながら考え事もできる。身体が運ばれていく快感のようなものがそこにはある。


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朝の光は車内いっぱいに注がれて、眠たげな目をしているひとたちの黒い髪を撫でていた。停車駅で開閉する自動扉の音には、すでに冬にちかい音が付着している。下り列車に人数は少ないから、空いた座席にいくらでも所在のない言葉を植え付けていく。

夜、列車は景色を移行する。闇に浮かぶ光の点は、わざと焦点をぼかして見ればそれがベルリンからワイマールまでの道程であったり、パリのRER B線につながっていく。自動扉の開閉音は寒さで湾曲した耳鳴りのようにも聴こえ、身体の芯のほうが痒くなる。


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自らアクセルを踏んで道を進むときよりも身体は開放されているようである。

身体を運ぶあいだ、通過する駅のホームの蛍光灯にふと言葉を見つけた気がして、家に帰ったらそれを書こうといつも思う。

2009/11/04

詩のこと

詩がいる。

詩が必要だと、初めて思ったかもしれない。


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出掛けようと思った矢先、確認のためにDMを見てみると祝日休みだったことに気が付いて、代わりにどこかちがうところへ行こうという気にもなれず、日中は家のなかにいた。日が暮れてから近所の本屋へ行き、ドイツ語の参考書を買い求めた。

それから海外文学や評論の書架に並んでいる背表紙を眺めやり、次に詩集の書架に移ったとき、ふと目に留まったのは平積みされていた谷川俊太郎の詩集であった。タイトルは忘れてしまった、もとより覚える気がなかったのか、いまさらそのタイトルが何だったのか気になって仕方ない。表紙はたしか白い背景に赤が差したようなデザインだった気がする。あるいはそれはちがう本の表紙だったろうか。手にとって何篇かの詩を読んだはずなのに内容もまったく覚えていない。

今となってはすべてが曖昧なのに、本を閉じて店を出て、すっかり陽の落ちた公園の脇を歩き始めたら、詩が必要だ、と思った。


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詩でも小説でもない文章を書いて、書いたものを「詩ですか」と訊かれることが多々あるけれど、答えは濁し続けている。これからも濁し続けるつもりでいる。

それでも、ある局面において、安易な言葉で言ってしまえば、たとえば取り込むために、呼吸するためには詩が必要だと気付いたのである。別にこれまで詩というものを度外視していたわけではないし、数冊の詩集も部屋の本棚にある。ただ、その在り方をよくわからないままそこに触れてしまうのが怖くて、すこしだけ距離を置いていた。

いま、ようやく掴みかけた手触りがあって、臆することなく詩を読むことができるかもしれない。明日にでも再びその本屋へ行けばたしかめることができるだろう。そこに詩があるのかもしれない、ただ、すこしだけ怖れをそのままにして。