裏側へ
ここ数年、名古屋から東の東京、西の大阪や京都、北東の新潟へは何度か行ったことがあったが、北の北陸へは行ったことがなかった。山を挟んでちょうど反対側に位置する金沢への電車の中で、ぼんやりと車窓の景色を見ながら、日本の真ん中に縦軸の折れ線を描くような行路が頭の中に浮かんでいた。
◇
半日だけの滞在で大した観光地も回らなかったが、21世紀美術館と石川近代文学館をメインに、あとは町のなかをぶらぶらと歩いていた。
町の規模は、名古屋で言うと栄と本山を隣り合わせにしたような距離感で、繁華街と落ち着いた町並みとの行き来がしやすい印象であった。時折目にとまる古い家屋や小路、文房具店、古書店、水引の店など、目立たないくらいのささやかな町の営みに、深入りさせない程度の懐かしさを覚え、この町で文章を書いてみたいなと思わせてくれた。
それはたぶん、文学館で「金沢は日本のワイマール」とかいった言い方をしていたり、郷土作家の自筆原稿を見たりしたせいもあるのだろうが、例えば新潟の越後妻有で文章を書きたいかと言われたら、それはちょっと違う気もするし、はたまたもっと北の北海道へ行ったときにはそんなことは考えもしなかった。金沢へ来て改めて「名古屋で文章を書くこと」というのがどういうことなのかと、ふと頭をよぎったのだった。
◇
今は使われていないが日本海側の地域一帯を「裏日本」と呼称していたときがあったという。東京を日本の玄関口として、太平洋側を表側としたためにそのような否定的とも取れる言い方になってしまったらしいが、その裏側にこそ、いわゆる日本の良き景色がひっそりと息衝いているような気もする。
そういえば常滑に大野町という名の古い町並みを残したところがあるが、金沢の港にも大野という町があるようで、観光向けの画像を見る限りでは金沢の大野も古い町並みを残している。日本海側と太平洋側で風土の違いはあるだろうが、表と裏でどことなく、それとなく、つながっている。
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半日だけの滞在で大した観光地も回らなかったが、21世紀美術館と石川近代文学館をメインに、あとは町のなかをぶらぶらと歩いていた。
町の規模は、名古屋で言うと栄と本山を隣り合わせにしたような距離感で、繁華街と落ち着いた町並みとの行き来がしやすい印象であった。時折目にとまる古い家屋や小路、文房具店、古書店、水引の店など、目立たないくらいのささやかな町の営みに、深入りさせない程度の懐かしさを覚え、この町で文章を書いてみたいなと思わせてくれた。
それはたぶん、文学館で「金沢は日本のワイマール」とかいった言い方をしていたり、郷土作家の自筆原稿を見たりしたせいもあるのだろうが、例えば新潟の越後妻有で文章を書きたいかと言われたら、それはちょっと違う気もするし、はたまたもっと北の北海道へ行ったときにはそんなことは考えもしなかった。金沢へ来て改めて「名古屋で文章を書くこと」というのがどういうことなのかと、ふと頭をよぎったのだった。
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今は使われていないが日本海側の地域一帯を「裏日本」と呼称していたときがあったという。東京を日本の玄関口として、太平洋側を表側としたためにそのような否定的とも取れる言い方になってしまったらしいが、その裏側にこそ、いわゆる日本の良き景色がひっそりと息衝いているような気もする。
そういえば常滑に大野町という名の古い町並みを残したところがあるが、金沢の港にも大野という町があるようで、観光向けの画像を見る限りでは金沢の大野も古い町並みを残している。日本海側と太平洋側で風土の違いはあるだろうが、表と裏でどことなく、それとなく、つながっている。
