2009/06/12

沖合にて

前回の文章に「山辺の海辺」というタイトルを付けてから、そういえばそのタイトル通りとも言える景色を見たことがあったと思い出した。


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真冬の北海道へ行ったのは三、四年前であった。

人影のまばらな金城埠頭から出港したフェリーは、本州の腹をゆっくりと撫でるようにして太平洋を北上していった。夜、コートを羽織って冷たい風が吹きすさぶ甲板に出ると、空には煌々と月が輝いている。この海原のずっと向こうにはアメリカがあるなどと、想像することすら困難な距離感で海の闇を見る。一条の月光が海面に映り、連綿とした波の形をまっすぐな道のように浮かび上がらせている。

反対側の甲板では、水平線上に日本の陸地がずっと続いていた。陸地というよりも、それは日本の影のようであった。影の裾野ではいくつもの車の光が右から左へ、左から右へとゆるやかな速度で流れ、町の光は目印のように点々と留まっている。そして影の向こう側、つまり山の稜線の向こう側から赤紫色の光が洩れている。


 ◇


おそらく夜に見たからであろう。

全体的に統一されたトーンの闇のなかで、途切れぬ波の音とフェリーの駆動する重低音を聴き取る耳、そして船の揺れを感じる身体だけが自分を海という状況に繋ぎ止めていた。視覚だけで世界を捉えようとすれば、そこは海でもあるし山でもあるような、境界の判別を曖昧なままにした景色であった。

そこは海辺の山辺でもあり、山辺の海辺でもある。風が、景色を溶かしていった。