たしか青野といった
春日井駅で一冊の本を手渡された。
それだけ渡すと彼は去っていったので、僕の手元に残ったその本が、必要以上に何事かを語ろうとしているように思われた。
◇
今日の帰りの電車ではこの本を読もう、と決めていた一冊があったので、突然現れたその新たな一冊に戸惑った。なんだか新品のような気もするし、スピンも適当なページとページの間で綺麗に押し固められている。おそるおそる冒頭のページを繰ってみると、柳田國男の抜粋がそこにはあった。
『石州の津和野を出て、益田の方へ下りてくる路の右手に、たしか青野といった山の麓の村などは、なんの光もないような古びた一団であったが、目に立つ里の木がみんな同じほどの年ごろで、樹の種類までが一つらしいのが、いいようもなくなつかしかった。』
この一文で思わず僕は打ちのめされてしまった。さらにこれを抜粋した著者の語り口についつい引き寄せられ、途中で降りるはずの駅をやり過ごして終点の駅まで読み耽ることになった。特に『たしか青野といった山』という箇所が、僕にとっては至極個人的な邂逅にあてはまり、柳田國男の口を借りれば、それはいいようもなくなつかしかった。
◇
僕は文章を書くわりにはあまり本を読まない人間である。読もうかな、という意識はあるのだが、本屋に行っても背表紙を眺めているばかりで、手が伸びていかない。だから名を知っていてもその人の著書を読んだことがない場合が多い。
他人に本を勧められてもよっぽどのことがない限り読まないので、今回のようにある意味無骨ともいえる本との出会いだと、余計な詮索や疑心を飛び越えてしまって案外すんなりと活字の中へ入っていくことができる。単純に話す時間がなかったから本を媒介にして挨拶したようなものだったのだが、多くの対話より一冊の本が代弁してくれることもあるかもしれない、と読了後に思った。
手渡された本を切符代わりに、瑞々しくもあり影のある言葉をたどりながら、たしか青野といった山を見に行きたくなる一冊だった。
それだけ渡すと彼は去っていったので、僕の手元に残ったその本が、必要以上に何事かを語ろうとしているように思われた。
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今日の帰りの電車ではこの本を読もう、と決めていた一冊があったので、突然現れたその新たな一冊に戸惑った。なんだか新品のような気もするし、スピンも適当なページとページの間で綺麗に押し固められている。おそるおそる冒頭のページを繰ってみると、柳田國男の抜粋がそこにはあった。
『石州の津和野を出て、益田の方へ下りてくる路の右手に、たしか青野といった山の麓の村などは、なんの光もないような古びた一団であったが、目に立つ里の木がみんな同じほどの年ごろで、樹の種類までが一つらしいのが、いいようもなくなつかしかった。』
この一文で思わず僕は打ちのめされてしまった。さらにこれを抜粋した著者の語り口についつい引き寄せられ、途中で降りるはずの駅をやり過ごして終点の駅まで読み耽ることになった。特に『たしか青野といった山』という箇所が、僕にとっては至極個人的な邂逅にあてはまり、柳田國男の口を借りれば、それはいいようもなくなつかしかった。
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僕は文章を書くわりにはあまり本を読まない人間である。読もうかな、という意識はあるのだが、本屋に行っても背表紙を眺めているばかりで、手が伸びていかない。だから名を知っていてもその人の著書を読んだことがない場合が多い。
他人に本を勧められてもよっぽどのことがない限り読まないので、今回のようにある意味無骨ともいえる本との出会いだと、余計な詮索や疑心を飛び越えてしまって案外すんなりと活字の中へ入っていくことができる。単純に話す時間がなかったから本を媒介にして挨拶したようなものだったのだが、多くの対話より一冊の本が代弁してくれることもあるかもしれない、と読了後に思った。
手渡された本を切符代わりに、瑞々しくもあり影のある言葉をたどりながら、たしか青野といった山を見に行きたくなる一冊だった。
