2007/09/30

2004.09.30 -流れの中で-

日本では台風が過ぎ去ったようで、澄み渡った青い空の下、目覚める朝を思う。

僕はこの2ヶ月、右も左も分からないこのドイツで、刻々と激しさを変える波に流され、その流れの中で書いていた。自らが流れの主となるか、それとも周りの流れに乗ってしまうかは問題ではなく、大事なのは今自分が流れている方向を見定めることができるかどうか。

僕は目を瞑って音を聴く。流されていく音を聴く。山の奥深くから一滴の水が生まれ、やがてその水滴が海に辿り着く。空は晴れ渡り、僕は目を開ける。僕はゆっくり、少しずつ、流れの中の一歩を踏み出す。

「そう、あなたは分かっている。前を見てください」と彼女は言った。

2007/09/29

2004.09.29 -バーカ-

バーカ。

時は流れる。

人も流れる。

僕はどうしたら良いのか分からない。空を見上げても曇り空で、何もかも晴れない。だけど止まない雨がないように、いつかは全てが晴れる。そして僕はいつか死ぬだけ。それだけのこと。人生。



苦しみ。

待つ苦しみと、向かう苦しみ。

どんな言葉でも受け容れる。ありのまま受けとめたい。

バーカ。



なんだかとても懐かしい響きだ。
そこに全てが集約されているようで、僕はもう何て答えたら良いのか分からない。



確かに僕はバカだよ。バカなりに一生懸命考えてる。考えて出した答えも結局はバカな答えでしかないけど。誰かに言われるまで気付かないくらいバカだけど。僕にはたくさんのバカがこびりついてる。正しいバカ、間違ったバカ、ポジティブなバカ、ネガティブなバカ、ありのままのバカ、正直なバカ、早とちりなバカ、思い込みの激しいバカ、分かったフリをするバカ、何も分かっていないバカ、それでも知ろうとするバカ。そういうしがらみにも思えるバカを一枚一枚、レタスの葉っぱをめくるようにしてとっていくと、最後に僕は絶対的な核心に辿り着く。これだけは誰に何と言われようとバカじゃない。

2007/09/28

2004.09.28 -言葉/盲目/存在理由-

僕が今ここにいる意味を、

僕が今やっていることの意味を、

僕がこれからすべきことの意味を、

僕はただ書くことしかできなくて、

僕は見落としている。

見落とし続けている。

2007/09/27

2004.09.27 -解き放つ方法-

朝、起きた時点で日本は昼の14時だった。

そこに7時間の時差があっても、なんとなく後ろめたい気分になる。
僕が眠りから覚めようとしている時、もうすでに事は始まっている。

僕にできる事は本当に限られているのだろうか。

今立っている場所は、どんなことがあろうと覆ることはないのだから、今までとは違う方法でやらなくてはいけない。少し怖いけれど、その恐怖もまた、言葉の存在と同等に、ありのまま受けとめるしかない。僕たちはすでに解き放つ方法を知っているはずだから。

2007/09/26

2004.09.26 -音を聴く-

音の聴き方、僕には僕なりの音の聴き方があることを今日改めて感じた。要はやはり「集中から解き放たれた時」に音がより響いて聴こえるんだけど、今日午前中から夕方まで小説を書いて、そして散歩ついでにカフェに来て分かった。

小説を書く時ほど長い時間の集中は他にない。こうして日記を書いている時も、無意識のうちに集中に入ると音は聴こえなくなる。自分の言葉に入り込んでいく。しかしそれ以上に小説は凄い。書いた後にぼんやり町を歩いて、ぼんやりカフェに入って、ぼんやりコーヒーが来るのを待っていて、ふと気付くとそこには音が溢れまくっていた。心地良いくらいだった。

書いている時というのは想像力を働かせている。人の表情や仕草、風景、心理的に見え隠れするもの、そして音を想像する。頭の中で思い切りフル回転させて想像して、現実にある周りの音をシャットアウトする。自然と。長い間。そして音を聴く。

「ひとひらの声」というものは、もうあくまでフィクションのものだけど、いつかそのフィクションの枠を飛び越えてくれないものかなと思う。この現実世界の音をも飛び越えて、何でもない場所でひとひらの声が響き渡る瞬間。そんな時があったら良い。

2007/09/25

2004.09.25 -現実としての休日の鬱-

休日というのは少なからず鬱になる。

メールもできないし、誰にも会わないし。ルームメイトのルーカスとはまあ良いことも悪いこともなく、普通に隣人としてそこにいる。もっと話しかけるべきなのかも知れないが、僕にそんな能力はない。そして僕もルーカスもシャイだ。

僕はどうあがいてもやはり考え込んで隅の方にうずくまるだけ。小さい時と変わっていない。朝、幼稚園の廊下であの子がやって来るのを待ち続けて、じっと様子を伺っているあの時と。



ぼんやりとベッドの上でごろごろしている時、やはり帰る時のことを考えていた。フランクフルトの空港で飛行機に乗ったところ、飛行機の中でやることもないから備え付けのテレビゲームをする僕、クアラルンプールの待ち時間で途方に暮れる僕、そしてクアラルンプールを発ち、彼女が待つ日本に向かっている時のことを。

ドイツに来る時のことも現実として掴みにくかったけれど、日本に帰ることも現実として掴みにくい。僕は本当に日本に帰るのだろうか。ちゃんと帰れるのだろうか。非現実だったドイツは現実になり、現実だった日本が非現実に感じられる。

でも帰らなくちゃ。ここで死んでたまるかと思う。ここで生き残って、何が何でも絶対日本に帰るのだ。

2007/09/24

2004.09.24 -stranger-

昼過ぎにナッチャンの荷物運びを手伝う。彼女は1年の留学を終えてもうすぐ日本に帰る。ところでナッチャンの話によると、今期のプロジェクトのテーマは「stranger」らしい。簡単に言えばドイツにおける僕である。「外国人」ということ。担当教授のリズ・バフバーがアメリカ人であることや、プロジェクトのサポート講師であるクリスは日本に留学経験があり、そういう点からも「stranger」というテーマを取り上げたのかも知れない。

このことを彼女に伝えようと、夕方にコンピュータルームへ行った。

しかし!

しかしだ、なんで僕にはこうも小さなハプニングというかトラブルが起こるのだろう。僕が自らそのトラブルを呼んでいるとしか思えない。ドイツの暮らしはそんな小さなトラブルの連続だ。トラブルメーカーなのだ。パソコンにログインはできたのだが、なぜかインターネットができないのだ。

ブラウザを開いても接続できない状態。「またトラブルかよ!」と思った。隣の席にいたドイツ人のお兄さんに恐る恐る聞いても「分からん」と言う。「もしアクセスできないならコンピュータルームすべてのパソコンがそうなるはずだ」と。そりゃそうかも知れないけど、なんで僕だけ接続できないのだ?

何度開いてもダメだったし、他の席は空いていないし(コンピュータルームは夜遅く以外はいつでも混雑している)、諦めて家に戻り、時間を置いてからもう一度行くことにした。



夜七時に行って再び挑戦してみると、今度はちゃんと接続することができた。ネット世界に繋がって安心する自分がそこにいた。

しかしなぜだろう。やはり僕の使っているネットスケープだけ他の人とヴァージョンが違うからこんなことになるのだろうか。そもそもネットスケープなんて日本にいる時は使ったことがない。適当にやっていたら成り行きでネットスケープを使うはめになり、ヴァージョンアップさせることもできない。理由はもちろんドイツ語表記だから・・・。

しかしもうわけが分からないことだらけの毎日である。

2007/09/23

2004.09.23 -フンメルの隣人-

今日、ドイツ語の授業から帰ってきたら、隣人が生じていた。

つまりルームメイトである。

新学期が始まる前から僕はこの寮に入っていたので、定員4人でシェアする空間をしばらくは僕ひとりで使っていた。そろそろ新学期が始まる頃になり、それで新しい隣人がようやくひとり入ってきたわけだ。ラッキーなのか何なのか分からないが、とにかくすぐ近くに外人がいることになった。

個室はあと2部屋残っているので、もうしばらくしたらそこにも外人が入ってくるのだろう。なるようになるだろう。宇宙人を相手にするわけではない。まぁ、ある意味たぶん宇宙人みたいなものだけど。


ルームメイトの名前はルーカス。ポーランド人である。ルーカスと聞いてスターウォーズしか頭に浮かばない。彼はサックスを吹いていると言った。リスト大学に留学するということである。

ということで僕の焦りをさらに掻き立ててくれる存在が生じた。これはやはり偶然なんかじゃないんだろうな。

2007/09/22

2004.09.22 -最低の日本人留学生-

今日はACCギャラリーでお茶会をした。

お茶会はこれでもう本当に最後かな。とりあえず今回のACCギャラリーで、いわゆる作品としてのお茶会は最後にしたい。もし今後お茶会をやるとしても、内輪的に、作品としてではなく単純な楽しみとしてやりたい。苦しんでお茶会をやるなんて身と心に悪い。あの空気はもうごめんだ。


ということで今回はこれまでのお茶会史上において最も最悪のものとなった。

ハイケ・ハナダさんとクリスの至極真面目な「日本」についてのレクチャーの後、その固まった空気の中、人々はすでに「耳を傾ける」という意識に集中してしまっているその空気の中で、オーディエンスに囲まれながらの状況でお茶会なんてできるわけないのだ。

ドイツ人たちは僕のお茶会を見て、そしてオーディエンスの中から希望者が前に出てきて僕がお茶を出すという違和感のある風景を見て「なんだこれは?」と思ったことだろう。しかし僕は彼ら以上に「なんだこれは?!」と思ったのである。まず誰よりも僕が白けていた。もう黙り通して坦々とやるしかなかった。

この失敗はクリスとのコミュニケーションがうまくいっていなかったことも原因だし、僕の語学力も原因ではある。日本語と英語の混じったあやふやな言葉でも良いから、クリスともっと話すべきだった。そして断るべきだったのだ。



そしてイベント後、ギャラリーの下にあるカフェで打ち上げに参加したのだが、これも最低最悪なものだった。とりあえず僕の語学力の無さが最低最悪の要因ではある。ちゃんと語学の勉強をしなくてはいけないのだろうけど、僕は自分のやりたいことを最優先させている。それが今日の結果となって現れた。

打ち上げに参加している人たちは皆、知識人なのだろう。今回のイベントのテーマが「日本」ということで、彼らは日本についての意見を交換し合っていた。日本人である僕を目の前にしてドイツ語でそれを話しているのだ。

ドイツ語で日本のことを話す。

それはこのドイツにいる限り、当然と言われればそれまでのことだ。しかし僕は相当な屈辱を味わった。おそらく彼らは日本や日本人のいわゆるネガティヴな部分ばかり話していたようだった。聴き取れないので何を話しているかは分からないが、口調と表情から見ればそれが決して褒めているような内容ではないのは明らかだった。日本人の僕を目の前にして。

「日本語だったら何だって言い返してやれる」

何度もそう思った。

こいつらの勘違いを正してやれる。博識ヅラしたドイツ人に、日本人ではないドイツ人に、日本を否定することなんてできるのか? お前らに何が分かるというのだ。



こんなに憎くて、そして悔しい思いをしたのは初めてだった。テーブルに並べられた目の前の料理はほとんど喉を通らなかった。

僕は口をつぐんだまま。
それでも、それが僕の選んだ道である。最低の留学生だ。

2007/09/21

2004.09.21 -本物の言葉-

今日は一段と冷え込んだ。
ドイツに残暑はない。
夏が終わればすぐ秋がある。

今日、と言っても正確な日付ではすでに22日になってしまったけど、さっき彼女への手紙を書き上げて封をすることができた。

きっとありのまま伝わると思う。
ありのまま受けとめて欲しい。
僕の本物の言葉。

2007/09/20

2004.09.20 -夢の続き-

僕の隣にいた彼女は、いつの間にか別の誰かに変わっていた。それは高校の時の友人だった。



これは昨日見た夢の続き。
この後に何が起こったかは覚えていない。

僕は過去を捨てることができない。たくさんの人間と縁を切っても、僕の記憶から彼らを消し去ることはできない。眠る情報として彼らはいつまでも僕の中にいる。僕はなぜかそれでいくらか傷付くことになる。彼らの存在がいつまでも僕の中にある。そしてふとした時に、彼らは夢の中に現れる。

嫌だったから縁を切ったのに、切った分だけ余計に強く記憶に残るのだ。僕が今の友人たちと縁を切らずに、これからも付き合っていける保証はどこにもないかも知れないけど、僕は彼らといつまでも友人であり続けたい。彼らとの縁は切りたくない。心からそう思う。こんな気持ちは「学校」という制度の中に入ってから初めてのことだ。彼らとは縁を切ってはいけない。本当にそう思う。

2007/09/19

2004.09.19 -気分転換に夢-

気分転換。
ずっと部屋の中にいると脳ミソが腐る。
パソコンのデスクトップとにらめっこ。
たぶん太る一方で。
今はまたしてもこのcafe Palaisにいる。
午後3時44分。
今日は天気が良くない。
こちらに来て初めてセーターに袖を通した。
小説は良い方向だろうか。
よく分からない。


こうしてカフェに来て外の空気を吸いながら、タイプするのではなくペンで文字を書いて、小説とは違う種類の空気を吸い込む。最近はここに来る回数も減った。僕の生活は少しずつ小説に傾きかけている。良い兆候だと思う。


夢を見た。
僕は彼女と名古屋の栄のようなところを歩いていた。それはあくまで「栄のようなところ」であって、現実にある名古屋の栄ではなかった。

僕と彼女は手を繋いで歩いていた。そして空を見た。そこから見る空はとても青かった。夏の空だったかも知れない。僕は戦争の夏を思い出した。敗戦の夏。

と言っても僕は実際に敗戦の夏を知っているわけではない。これまでに僕が本やテレビで知った情報と、戦争を体験した祖父母から受け継いだDNAの情報が絡み合い、それが敗戦の夏の空に繋がる。

だから僕が「敗戦の年の夏の空を思い出した」と言っても、あながち間違いでもない。僕はたぶんその空を知っているのだ。上っ面の情報とイメージでしかないかも知れないけど、それが僕にとっての戦争なのだ。

2007/09/18

2004.09.18 -お茶会の不安-

来週ACCギャラリーでやることになったお茶会のことで、今日クリスに電話をした。

ということで手紙を出しに来たついでに、郵便局の前にある公衆電話でクリスに電話をかけた。電話で会話をするのが元々苦手なのに、相手が外国人だと更に困る。パリのホテルに予約の電話をした時のことを思い出す。それでもクリスは少しは日本語が分かるので、お互いなんとなくの日本語と英語で(僕はほとんど日本語しか使っていなかったように思うが・・・)話をした。

今回のイベントは日本人の旦那を持つハイケ・ハナダさんという建築家(だったと思う)と、日本に留学していたクリスと、そしてお茶会の僕という、3人で構成された日本についてのイベントらしい。僕以外のふたりはレクチャーで、僕はお茶会パフォーマンスを披露するわけである。

ACCギャラリーではつい最近まで日本のことを取り上げた展覧会を開催していて、主旨はよく分からなかったが(というかテキストが読めなくて見ることしかできない)ヤノベケンジの作品やその他諸々の作家、日本の美術雑誌「Art It」が紹介されていた。

その流れを汲んで今回のイベントが開催されるわけだ。お茶会の開始時間は19時からということだった。しかし展覧会という形での参加でもないし、僕のお茶会は一応分かりやすいように「パフォーマンス」と言っているが、所作の美しさを観せられるようなものでもない。展覧会の会場でひょっこりお茶をするのが楽しいのだが、今回はなんだかあまり良いシュミレーションができない。はっきり言って当日が怖い・・・。

2007/09/17

2004.09.17 -救いの言葉-

どんな言葉でも彼女は聞きたいと言ってくれた。その言葉に僕は救われた。本当に救われた。大丈夫。きっとやっていける。

2007/09/16

2004.09.16 -現実と言葉の間-

どこかで息を抜かないと窒息しそうになる。

5月の木漏れ日の下にいた時のように、あるいは明け方の空に向かって階段を昇っていた時のように、あるいは海へ行った時のように。あの日は海の向こうに山だって見えた。今は何も見えてこない。今はもうバランスが崩れている。


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午前の授業が終わった後、いつも留学生をサポートしてくれているこちらの学生らに付き添ってもらいながら、外人局まで住民票を取りに行った。先週もその学生の女の子にサポートしてもらっていて、僕の顔を覚えていてくれた。

「一週間何してたの?」と彼女に訊かれたので「小説を書いてた」と答えた。
それしかやってないのでそう答えるしかない。小説がなかったら僕は本当に何をやっていたんだろう。ドイツで制作するにあたってのリサーチなどしていたのだろうか。

「どんな小説を書いてるの?」と訊かれた。
村上春樹を知っているかと訊いたら知っていたので、少し迷ったが「彼と似てる」と言った。今はそう言うしかないし、否が応でも認めざるを得ない。それにしてもドイツでも春樹は人気がある。

次に「ドイツのことやこっちの風景を見ながら書いているの?」と訊かれた。
「日本のことを書いてる」と僕は答えた。ドイツにいながら、僕は日本の景色のことを書いている。今、ドイツのことを小説にすることはできない。


小説というのは現実と言葉の間に、ある程度の時差と距離がないと生まれてこないものだと思う。そして小説を書くというのは本当に個人的な問題から出発せざるを得ないものだと思うから、その時差と距離の感覚も個人的なタイミングで測るしかない。

2007/09/15

2004.09.15 -言葉が必要だ-

やはり今週は時間の進み方が早い気がする。もう水曜日だ。そして夜。

洗濯が面倒臭い(ちなみにコインランドリーへは行かず、手洗い)。そう思えるくらい時間が経つのが早くて、1日の洗濯と1日の洗濯の間にある時差と距離が狭くなったように思う。

今日は午前中のドイツ語授業の後、昼から夕方近くまでずっとメールしていた。小林先生にもメールを送った。あまり良い文章とは思えなかったが、とにかく現状報告しなければ。彼女にもメールした。彼女からのメールで、明日手紙の返事を送ると書いてあった。


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苦しい時は我慢せずに苦しいと言えばいい。別に苦行をやっているわけでもないし「苦しい」と言ったっていいのだ。この今という時は、不在を感じて、その存在が必要なんだということを確かめる時なのだ。そこまで辿り着くために、言葉が必要なのだ。

2007/09/14

2004.09.14 -清潔な無駄の人-

intensiveコースのクラスが発表され、僕はまたしてもなぜか下から2番目のクラスになっていた。崖に突き落とされた気分だ。

幸いなことに日本人は僕だけでなく、ハマサキサンも同じクラスで、サマーアカデミーで一緒だったハーフのヨーコサンも同じクラス、そして今月からこちらに留学してきた東京芸大のユウチャンも一緒のクラスになった。


先生はクリスティアン・ホフマンという若い男の先生。20代後半から30代前半といった年頃で、とにかく見た感じが「清潔そのもの」といった人だった。笑顔も清潔だし身なりもスマートで、ボタンダウンのシャツはきちんとパンツの中にしまう。

彼は動作にも無駄がない。もし例え無駄な動きがあったとしても、それはやっぱり「清潔な無駄」なのだ。机の上に腰掛けて、机の脚に自分の足をスマートに巻き付かせるのが癖らしい。それはただの無駄な動作に過ぎないのだが、彼は無意識のうちにそれをやってのけ、無駄というものに対してより一層の価値を付与する。ちょっと怖いくらいに。

そう、怖いのだ、その清潔さが。抜け目のない清潔さだ。だからきっと裏には何かある。ものすごく腹黒かったり、部屋が散らかっていたり、女癖が悪かったりするかも知れない。

まぁとにかくそんな人がドイツ語の先生となった。はっきり言って苦手なタイプである。

2007/09/13

2004.09.13 -intensive-

今日から再びドイツ語の授業が始まった。このintensiveコースはサマーアカデミーの時とは違って、バウハウス大学とリスト大学に留学しに来ている学生のための講座である。

まず午前中はクラス分けのためのドイツ語テスト。最初の2,3問しか分からず、あとはもう適当に間違っていそうな答えを探していく。そうすることで最下クラスを狙うわけである。

午後はドイツの健康保険に入るための手続き。まず銀行口座を作って、それから毎月55ユーロを振り込まなくてはいけないらしい。こういう事務手続きははっきり言ってあやふやで、勘で進めるようなものである。そして病気や怪我をしないことを祈るのみ。

明日、コンピュータルームの新しいログインカードも貰えるそうで、これでようやく彼女にメールができる。小林先生にも言いたいことがあるし、母親にもメールしておかなくては。明日はメール三昧になるだろうか。

それにしても今日一日はやはり早かった。予定が組まれることで時間の流れは速くなる。これからビザ取得などもあるし、ちょっと遅いが来月からようやくバウハウスのプロジェクトが始まるし、卒展も迫ってくるし、色々とドタバタしそうである。

2007/09/12

2004.09.12 -離れてはいけない-

年内中には小説を書き上げたいと思っている。それで年を越して1月と2月に徹底的に見直す。春樹風に言えばネジを締める。それでいこうと思う。そう考えるともう9月の半ばに差し掛かっているから、残りはあと3ヶ月半だ。

3ヶ月半というとちょっと短い気もするが、今これで結構スッキリした気分になった。3ヶ月半。この言葉、この数字。7ヶ月の留学というのはとても長い気がしていて、今だって毎日が本当にパンにカビが生えるくらい暇を持て余しているし、本当に先が長く思えて嫌な気分になることもあるんだけど、あと3ヶ月半で小説を書き上げて、残りの2ヶ月で見直して、それで日本に帰るのだ。


僕は離れてはいけないところから離れて、今こうして生きているわけだけど、なんとか書き続けて、そして書き終えてから日本に帰るのだ。

今、何気なく書いたが僕にとって日本は「離れてはいけないところ」なのだ。

離れても生きられることは分かったし、だからこそ今の小説が書けてるわけでもあるが、それでも僕にとって日本は離れてはいけないところなのだ。ここに来てそれが分かった。理屈なんかではなく、僕は本当に心の底から帰りたいと思っているのだから。

2007/09/11

2004.09.11 -不安定な歩行-

夕方くらいまで今日は日曜日だと勘違いしていた。

日曜なのにスーパーやってるじゃん、と思うもそこですぐに今日は土曜日なんだと思い出した。曜日の感覚が狂っている。明日が日曜日だ。毎日毎日飽きもせず指折りで日が経っていくのを数えてるみたいだ。たぶんあまりに暇すぎて、時間が間延びしすぎて、そんなことばかり考えてしまうのだと思う。



本当にこの2週間近くは用事という用事がなかった。非日常は日常化した、と言っても良いくらいに僕はドイツに暮らしている。

毎日、朝9〜10時に目覚め、朝食を食べてから昼過ぎまで黙々と小説を書く。昼食を食べてから再び夕方くらいまで小説を書く。それから買い物に出かけたり散歩に出たりする。そして夕食を食べ、夜は再び小説を書くか、日記を書くか、という生活である。

テレビもないしラジオもない。新聞も雑誌も見ない。というか読めない。あいにくインターネットも今は都合によりできない。向かい合うべきは小説しかないのだ。



僕はちゃんと歩けているのだろうか。

小説は書いているけど、歩いている実感があまりない。今日の散歩の時もそうだった。目に見えるものはリアルだけど、どこか不安で、不安定な歩行。僕は地に足をつけて歩いているのだろうか。このドイツでは、やはり難しいことなのだろうか。

2007/09/10

2004.09.10 -一日を歩くこと-

9月に入ってずっと晴れが続いている。彼女に電話をかけてから一夜が明け、今日もやはり夢だったように感じる。あれはリアルな夢だったんじゃないのか。


今日は昼過ぎまで小説を書き、それからスーパーと煙草屋へ買い物に行った。煙草屋はほぼ毎日のように行っているので顔見知りになり、僕がいつもNILを買うことも覚えてくれたようだ。地味ではあるが、またこうしてワイマールの町に少し溶け込めた気がした。

しかしこの煙草屋、店員は全員中年のオヤジたちで女性の店員はいない。なぜこんな小さな煙草屋に良い歳をしたオヤジたちが5人くらいも集まっているのか。彼らはそれで生活できているのだろうか。いつも小綺麗なシャツを着て、一見怪しい顔をしたオヤジたち。もしかしたら彼らは全員ホモなのかも知れない。


買い物から帰ってしばらくぼんやりしていた。退屈で死にそうだった。こういう瞬間はしょっちゅう訪れる。夕方、重い腰を上げてカフェPalaisに行き、そこで彼女から届いた手紙を読み返した。何度も何度も読み返し、彼女の言葉を反芻する。

カフェから帰ってきて、イルムパークを少し走ってきた。樹々の新鮮な匂いを取り込みながら、乾いた空気の中で汗を流す。そして適度な疲労感を得る。


晩ご飯にオムレツのサラダを作った。これは日本にいる時によくDufiで食べたメニューでそれを真似して作ってみたのだが、残念ながらというか当然と言うべきかあまりうまくいかなかった。具の量が明らかに多すぎるし、モッツァレラチーズも溶けきっていない。火力も強すぎるし、ドレッシングもイマイチだし、生ハムの味もまったく違う。

まぁ日々挑戦である。日本でまったく料理をしたことがなかったわりには、一応食べられる料理を作れているし、決して不味いわけでもない。とりあえず作ってみないことには上達もしないわけである。


最近はこうして小説と料理と日記と手紙の生活が続いている。来週から再び語学学校が始まる。それによってまた生活も少し変わるだろう。今の僕はとにかく書き進めることが歩くことであり、大きな救いだ。

2007/09/09

2004.09.09 -電話の向こう-

今日、彼女に電話をした。

メールができない状態がもう少し続くようだったし、僕は携帯を持っていなかったので友人から借りての国際電話。見慣れない番号表示を見て電話を取った彼女は、その声が僕だと分かると、

「うそ!」と言った。

1ヶ月と約10日振りの彼女の声。
声がこんなに近いのに、こんなに遠い。

たった3分と少しの会話だったけど、なんだか夢だったみたいに思える。突然メールが送れなくなったので心配させていると思って、と僕は言ったが、心配というか、どうしようもないくらいになっていたのは僕の方である。

ドイツ15時30分、日本22時30分。

ひとひらの声よりもリアルな声。
それが現実なのだ。

2007/09/08

2004.09.08 -ただの言葉-

昨日、日本にいる彼女からの手紙が届き、一日中ずっと返事を書いていた。今日は朝から手紙の続きを書き、昼の3時くらいに郵便局に行って手紙を出してきた。ずっとペンを握っていたから手の感触がなんだか変な感じがする。

僕は手紙に何を書いたのだろう。そして、それは彼女にどんな風に伝わるのだろう。

会って話がしたい。とてつもなく。

しかし今彼女と会うことができたとしても、そこには何の意味もない。もう7ヶ月は始まっていて、6ヶ月を切っているんだ。6ヶ月。あと6ヶ月。長い。バカみたいに長い。

今日はなんだか変なのだ。例の虚無みたいだ。でもそれとはちょっと違う。でも似たようなものだ。僕を悩ませていることには変わりないのだから。

晩ご飯にカレーを作った。だけど美味しくない。何かが足りていない。

なぜ小出しの涙なのか。泣くならもっと本格的に泣けば良いじゃないか。なぜ泣けないのか。泣けばとりあえず一時的にでもすっきりするだろうに。

彼女の書いた文字が、遠い。

今日はもう書けない。書いていたいけど、何も書けない。

これはただの記号だ。
ただのきごうだ。
タダノキゴウダ。
意味なんてない。
意味なんてない。
そんなことしか書けない。
そんなことしか書けない。
3月が遠い。
もう明日じゃないのか?
バカか。
あと6ヶ月だ。

夢なんてない。
ただの言葉しかない。

2007/09/07

2004.09.07 -記憶の景色-

3年前のドイツを振り返り始めて、いつの間にかもう1か月と少しが過ぎている。

こうして振り返っていると、忘れていたことを思い出したりもする。

忘れていたというよりか、その記憶は大きな水槽の中に浮かんでいて、思い出すというよりか、僕はその記憶を掬い上げ、記憶が乾いていくのを待っている。



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ここで語られるのは日々の記録というものに近い。僕は単純に3年前の日記をここに書き写して(いくらかの推敲はあるが)、あの日々を追いかけているだけだからだ。

追いかける一瞬一瞬に垣間見える記憶の景色がある。それは水滴に映り込んだもうひとつの景色のようでもあり、上昇して小さく破裂する水泡のようでもある。

僕はその記憶の景色をここに書き記すことはできない。ここで語るべきことと、ここでは語れないことがあるからだ。



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記憶を覆っていた水の膜が乾ききった時、新たに現れたその表面に定着する言葉が必ずあるはずで、3年前の僕も今の僕も、その言葉をずっと探し続けている。

2007/09/06

2004.09.06 -無力な状況において-

今日はショッキングな出来事があった。

パソコンルームに行っていつものようにメールをしようとしたら、なぜかコンピュータにログインできない。パソコンルームを管理しているおじさんにログインできないことを英語で言ってみたが「このアジア人は何言ってんだ」という顔をされる。

ちょっとは理解しようと努めろ、頭の固いドイツ人め、と思うが仕方ないので適当にドイツ語で「ログインできないんだ」と言ってみたが、おじさんは伝わっているような伝わっていないような微妙な顔をする。もうこのおっさんはダメだと諦めて、再びパソコンの前に戻るとおっさんが僕のところにやってきた。「アジア人が騒いでるからとりあえず見てやるか」といった顔だ。もっと優しい顔で仕事をして欲しい。

おっさんが試しにやったところ、「もうサマーアカデミーのパスワードではログインできないぞ」とのことだった。なんてことだろう。彼女にメールが送れない。これは結構一大事。木曜日にエブリンさんのところへ行く予定なので、このことを訊かなければ。

それにしても参った。メールができないだけで何かから遮断されたような気になってしまう。しかしだからと言って何か対処法があるわけでもない。僕がこのドイツでできることは唯一小説を書くことくらいなのだ。

というわけで昼過ぎから夜7時くらいまでずっと書いていた。本当にちょっと書き過ぎだが、書いているからこそなんとか今を保てるのだ。これがなかったら僕は生きていけない。このドイツではそう感じる。

無力な状況においては、自分の力を最大限にして自らを保とうとする、本能的に。ある人にとってはそれは絵を描くことかも知れないし、写真を撮ることかも知れない。僕の場合は文章なのだ。これがなかったら僕はひどいことになっていたと思う。

2007/09/05

2004.09.05 -断片と向き合う-

ワイマールは今日も晴れ。

フンメルに越してから僕の生活は少し変わった。家の中で書いてばかりいる。今は書くのが楽しくて仕方ない。これから青山くんがどうなるのか僕には分からないが、物語はすでに僕の中に眠っている。僕はそれを少しずつ掘り起こす。あと6ヶ月書けてゆっくりと。

今はちょっと掘り起こし過ぎかも知れない。もう少しペースを落としても良い。そしてコーヒーばかり飲み過ぎだ。身体がなまっていくように感じられる。


ワイマールは明るすぎる。夕暮れはすでに夜の時間。今日は午前から午後2時くらいまで書いていた。昼を食べて少し休憩してから洗面所と部屋を掃除した。それから「熊を放つ」の続きを読んだ。

僕は依然として自分の言葉で語れていない。そして至るところに不完全さがあって矛盾がある。当然のことだけど。それでも僕は書くことをやめない。書き続ける。


6日振りにカフェpalaisに来た。前に来た時は「ヤコブスの隣人」があった日の朝だった。今日は天気が良いので外の席に座っている。赤い髪のウェイトレスが何も言わないでもコーヒーを持ってきてくれる。

本当に天気の良い日曜日だ。穏やかで、木漏れ日の下が心地良い。



2種類ある。

ひとつは、彼女の影をこの町に探す僕。時を置いて、僕は彼女のいた場所、彼女の見たものをなぞっている。

もうひとつは風景の断片を見る僕。本当に断片だけを見る。意識的に。そうするとその断片は固有性を失い始める。ドイツの家並のレンガはただの石になり、ただの断片になる。僕はそこに日本を見る。ただの景色の断片が日本の断片とダブる。ここにも日本が見える。その断片の片隅に僕がいて、彼女がいる。

断片だけを見るという行為は写真にも似ている。彼女は言った。「日本の空の写真とドイツの空の写真を並べると区別がつかない」と。

断片だけを見る。固有性を失った断片。断片と僕が向かい合う時、その他の景色や情報は遮断される。そこには僕と断片だけしかいない。そこにある空気はどんな空気よりも特殊で、僕はどこにも属さず、どこにもいなくなる。


でもこれはあまり良くない行為かも知れない。現実逃避にも見える。ただ、これをしても僕はちゃんとドイツに戻ってきている。戻る以外に道はないから。そうして僕は自分の今いる場所を確認しているのかも知れない。より自覚させるためにも。

2007/09/04

2004.09.04 -NIL, Nutella, Bier-

今日も晴れ。
日記を付けているからなんとか曜日の感覚を得られる。今日は土曜日なのだ。

朝9時頃に起きた。朝ご飯を食べて今日は午前中のうちに出かけることにした。まずスーパーへ行き、それから煙草屋に寄ってNILを買う。ドイツに来てから色々煙草を試していたが、ようやくこのNILという煙草に定着した。NILはオーストリアの煙草らしい。どういう意味か知らないが「Nayamu Ito Long」という馬鹿な意味を勝手に付けている。

ミュラーに行き、ノートやその他雑貨を買う。今日色々見て思ったのだが、ヌテラはシアタープラッツのスーパーに売っているし、調理器具も掃除道具もミュラーに売っていた。わざわざバスに乗ってトゥームまで行く必要もなかったわけだ。

今日はそのままイルムパークの方まで散歩に行った。途中、音楽学校のところで火事現場の跡と出くわした。テレビカメラも来ていて、これはちょっとしたニュースかなと思った。しかしテレビカメラと言ってもなんだかアマチュアカメラマンに見えた。さすが田舎町ワイマールだ。


イルムパークはやはり良かった。結婚式を挙げているカップルがいて、緑の芝生にウェディングドレスが綺麗だった。樹々の匂いが心地良い。リスを見つけた。ゆるやかな起伏が続いていて、良い散歩コースだ。

途中で観光客らしいおばさんに声をかけられ「ゲーテのガーデンハウスはどこですか?」と尋ねられた。僕はゲーテの家なら知っているのだが、そことは違うようだった。ごめんなさい、分からないです、と答えておく。しかしなんでこんなアジア人に訊くのだろうか。お門違いってもんだろう。でも感じの良いおばさんだったので嫌な気はしなかった。それにはっきり言ってこのおばさんが僕が今日会話した唯一の人でもある。

昼過ぎに帰ってきて、定番のワッフルとヌテラ。僕はこの留学中にきっと太る。甘いものを取り過ぎだと思う。しかしもうヌテラはやめられない。オーブンで少しワッフルを温めて、そこにヌテラを塗ると、ヌテラが柔らかく溶けて美味しいのだ。これは必ずお土産にする。ヌテラ万歳である。

午後はずっと小説を書いて、時々ジョン・アーヴィングの「熊を放つ」を読んだりした。少しずつ書けてはいる。もっと素直に近付きたいがまだまだ遠いなと思う、僕も青山くんも。「青山くん」という名前を与えたことで少しは物語らしくなったと思う。やはり名前は必要なのだ。


今日の晩ご飯は日本食らしく米と味噌汁と焼き鮭とサラダ、そしてまたもやひとりビール。なんてまともな晩ご飯なんだろうと思えてしまう。やはり衣食住が整えば生活のリズムも良くなる。ヤコブスではこんな生活有り得なかった。あそこはどう転んだって水準が低いのだ。

夜、彼女への手紙を書こうとしたが、うまくまとまらず今日は断念。ルーブル美術館で感じたことを書こうとしたんだが。思い付くままに書いていけば良いのかも知れない。

さて、明日は日曜日だ。ほとんどの店は閉まり、行くあてもない。小説を書いて、イルムパークを走ってみるのも良いかも知れない。他にもやるべきことはあるのだが、小説ばかりに目がいってしまう。どうしようもない。書きたいのだから仕方ない。

2007/09/03

2004.09.03 -今日のこと、明日のこと-

晴れの日が3日も続いた。

今日は単調で、そして孤独な1日だった。しばらくこういう日が続く。耐えられるかどうかあまり自信がない。でも小説を書いたり、音楽を聴いたり、日記を書いたり、料理をしていればなんとか保っていられる。

昼間のうちはポジティヴだったけど、さっき晩ご飯を食べている辺りから徐々に落ち込んできた。ひとりだと食事のスピードも速い。一度何かを思い込むと、長い間そこに居着いてしまう。あまりよくない傾向だ。


今日は8時くらいに起きた。10時過ぎに家(何気なく「家」と書いていた。フンメルは僕の中でついに「家」という認識がされているのだ)を出て、馴染みになりつつある煙草屋に寄ってからバスに乗り、またもやトゥームに行った。今日は主に食材を買い込む。初めてのひとり暮らしだしどのくらい冷蔵庫に入れておけば良いのかよく分からない。腐っても困るし。最近はもう涼しいので大丈夫だとは思うが、8月はパンによくカビが生えていた。

食材の他に電気スタンドと掃除道具、簡易物干を買った。電気スタンドは少し余計な買い物だが、こういう無駄がなくては生活は成り立たないし向上しない。1時くらいに帰ってきて、最近病気になりつつあると思うほど癖になってしまっているワッフルとヌテラを食べ、午後はコーヒーを飲みながら小説を書く。

夕方、パソコンルームに行き、彼女からのメールを見て返事を出す。9月27日に卒展のプレゼンがあるとのことだった。7時前に家に戻って夕食の準備を始めた。昨日、ジュンコサンとハムチャンにもらったお好み焼きを解凍する。もともと焦げていたのだが焼いて解凍したことでもっと焦げた。それでも美味しい。


明日はどうしたものか。明日のことは明日考えれば良いのかも知れないが、今考えておかないとこのドイツでは路頭に迷いかねない。明日はとりあえず散歩、ミュラーに行って買い物、晴れていたら公園にも行きたい。あとはやはり小説だ。まぁそんな感じで日々は過ぎ去るのだ。

2007/09/02

2004.09.02 -別れの寿司-

今日はジュンコサン、ハムチャンと最後の日だった。明日も会いそうな気がするけど、彼女たちは日本に帰り、明日からは確実に僕ひとりなのだ。

午前中は小説を書く。ヤコブスと違って落ち着いて書くことができる。

昼頃にジュンコサンとハムチャンがやってきた。彼女たちに余った食材を頂いたり、お茶を出しておしゃべりをする。2時頃に彼女たちはコインランドリーに洗濯物を取りに行き、冷凍してあったお好み焼きを僕のために家へ取りに行ってくれて、3時近くにまた戻ってきた。4時くらいまで写真を見たりして過ごし、それからACCギャラリーに行った。

ギャラリーを出ると寿司屋に行った。韓国人経営の寿司屋ではあるが味はまあ悪くはなかった。うどんもあったので食べた。しかしメニューにはアサヒビールの写真が載っているのに「ビールはない」と店員に言われた。これはあくまでただのイメージ写真なのか・・・。そこら辺はやはりエセ日本である。寿司にはやはりビールだと僕は思うけど、ドイツ人にも韓国人にもそういう習慣はないのだろう。まあ仕方ない。

ここの店はちょっと高いが味噌や酢、お茶漬けの素、ラーメンなどの日本の食材も売っていた。堅いけど豆腐もあったしコンニャクもあった。欲しいなという気はするが、やはり高いし、わざわざ買う気もあまりしない。僕はそこまで日本食には飢えていないようだ。

寿司屋を出て、とうとうジュンコサンとハムチャンとお別れをした。やっぱりとてつもなく寂しかった。この1ヶ月間、彼女たちがいたからこそ僕はなんとかやってこられたのだ。でも別れは仕方のないことだ。これまでの1ヶ月はラッキーだったのだ。彼女たちとは予想外の出会いだったし、ここまで仲良くできる友達ができるとは思っていなかったのだから。

僕の本当の意味での留学はこれから始まるような気がする。9月になって、少しずつ秋が深まりやがて冬が来る。僕はじっと春を待ちながらものを書くのだ。それこそが僕の留学の目的。そして日本で待っていてくれている人、その人に近付いていくために、僕は今ここにいるのだ。なんとか生きていこう。そして書きたいことを書いていこう。大丈夫、きっとできる。生きて、書き続けよう。今日も明日も、ずっとずっと書いていくのだ。

2007/09/01

2004.09.01 -SMOKE GETS IN YOUR EYES-

今日は久しぶりに1日中晴れていた。

朝、いつもより少し寝坊をして9時頃に起きた。フンメルの朝。ヤコブスと違って清々しい。白い廊下の壁やキッチンがとても綺麗に見える。


朝食をとってからバスに乗ってトゥームに出かけた。ひとりでバスに乗っていると、少しはこの町の住人になれたような気がした。明日でジュンコサンとハムチャンたちともお別れで、再びひとりの寂しい時がやってきて、すべてひとりで行動しなければならないのだ。

トゥームでは70ユーロくらい使って日用品を買い求めた。すべて生活していく上で必要なものだから仕方ないのだが、6ヶ月後にはここに置いていくか捨てるしかない。これは日本でいつかひとり暮らしをするための準備運動みたいなものかも知れない。ここはもちろんドイツだから色々と不便はあるが、日本でだったらこんなもの余裕だと思えてしまう。とにかく今は色々な局面に当たっていくことで、自分のレベルというかキャパシティを上げていく時なのだ。


昼過ぎにフンメルに帰ってきて、買ってきたものをキッチンの棚に整理して、それから昼を食べた。少し前についにコーヒーメーカーを買って、それでさっそくコーヒーの粉を買ってきたのだが、間違えてインスタントのものを買ってしまった。ドイツ語が読めないから仕方ないのである。

それからパソコンルームに行き、彼女にメールをした。今日は父親や友人たちにもメールをした。

メールをした後、スーパーで買い物をして、ミュラー(化粧品、ちょっとした衣類、日用品、雑貨、文房具、玩具、CDなどを売っているお店)に寄ってジャズのCDを買った。なんでか分からないけど、今買うべきなんじゃないかと思って、とりあえず3枚組のベストを買った。「SMOKE GETS IN YOUR EYES(煙が目に染みる)」が収録されていた。これは日本にいる時に深夜ラジオでよく耳にした曲だ。数ヶ月前の話だけど懐かしく思ってしまう。


フンメルに帰ってきて晩ご飯を作った。今日は冷凍してあったカレーを解凍して、サラダを作って食べた。フンメルの台所は料理がしやすくていい。しかも今のところルームメイトが誰もいない状態なので、好き勝手に台所を使っている。学校が始まればルームメイトも入ってくるのだろう。それまでのひとり暮らしだ。

今日はビールも飲んだ。ひとりでいる時はほとんど酒は飲まないのだが、今日だけはちょっと良い気分だったので飲んでみる。こういうのもたまには良いものだ。